ガウディの建築に田中氏が初めて出会ったのは大学生のときでした。旅行で訪れたバルセロナで、聖家族教会を目の前にしたときの強烈な印象は三十年以上たった今でもはっきりと覚えている、と言います。
国士舘大学工学部建築学科を卒業後、建築設計事務所に就職しましたが、学生時代に衝撃を受けたガウディ建築に対する憧憬は膨らむばかりでした。事務所に勤務してから三年後、彼は貯金した資金を懐にかかえ、シベリア鉄道に飛び乗りました。バルセロナでのつても、できることのあてもなく、言葉もおぼつかないまま、とにかくバルセロナへと一路むかったのです。不安さえ吹き飛ばして現地へ乗り込んでしまうほどの強い衝動は”若さ”ゆえになせたことなのでしょうか。
1978年、田中氏はバルセロナの地を再び踏むことができました。そこでまず、自分に何ができるかを考えました。「ガウディは模型を用いて現場に指示を出したため、設計図がほとんど残っていない。設計図を起こし直してみてはどうだろう。学生時代や建築事務所の現場で習得した実測は得意だ。言葉で困ることもない。直接作品に触れることもできる。ガウディ建築の構造を実感する手立てとしても、実測はきっと有効に違いない」と。
しかし、対象物は曲線が多用されたガウディ建築です。どこからどこまで測ればいいのかさっぱりわからず、途方にくれる日々が続きました。しかも、建築物は壊されていたり修復されていたり、ガウディが建築した当時のまま残っているとは限りません。彼は大きな壁にぶち当たってしまいました。こうなると”若さ”だけではすまされません。”若さ”は時間の経過とともに確実に失われていきます。
途方に暮れた田中氏は、まず単純な形状のものからとにかく始めてみよう、と動き始めます。最初に実測対象として選択したのは、グエル公園の階段でした。試行錯誤を繰り返すうちに、実測図を描くには、ただ単に寸法を測るのでなく、ガウディの建築秩序を探りあてねばならないことに気がつきました。アルバイトで生計を立てながらガウディ研究所に日参して資料をむさぼり読み、建築物のある現場で巻き尺を使って測り続けたのです。また、独自の実測手法を発見することもできました。デッサンしたスケッチに実測した寸法を記入し、写真を撮り、実測し残した部分がないかを検証し、そして実測図を作図する・・・。この気の遠くなるような手法を忠実に守ることにより、ガウディ建築の真の姿に着実に歩みを進めていったのです。こうして描かれた実測図は、グエル公園に始まり、グエル別邸、エル・カプリーチョ、カサ・バトリョ、カサ・ミラ、カサ・カルベット・・・、そして聖家族教会へと続いていきました。そうしているうちに四半世紀近くが過ぎ、実測はなんと千点を超えたのです。
自分の手でガウディ建築の奥深さが明らかになっていく手ごたえと快感は確かにありました。しかし、四半世紀に渡り無償で実測を続けるエネルギーは一体どこから生まれてきたのでしょうか。田中氏を長年支援してきた人たちは「田中氏がアルバイトをしながら自費で実測をし続けてきたエネルギーの秘密とは、自己と対話する集中力と継続する力が並外れているからではないか」と言います。
田中氏の実測図は様々な方面で活用され、評価されています。また、実測した結果を基に聖家族教会の鐘楼に吊るされる鐘を作図したり、カサ・バトリョのファサードを飾る模様が神話に基づいた星座を象っていることを予測したり、中南米文化にまでその活動範囲を広げています。ガウディの思想を忠実に語る伝道者として、田中氏は評価されるべき一人でしょう。
【川口忠信氏プロフィール】 (当ツアーのセミナー講師)
株式会社グエル代表取締役。情報デザイナーであり、先端技術の執筆・翻訳を業務とする傍ら「ガウディの遺産」「ガウディの謎」「ガウディクラブ文化協会」等ガウディ関連サイトを主催。 |